今日は徳島県の神山プロジェクトを牽引する、NPO法人グリーンバレー理事長、大南さんの講演会。
地域創生の現場でよく名前の挙がる神山町ですが、詳しく知らなかっただけにかなり濃い、刺激的な時間となりました。
大南さんメチャ面白い方ですね!スタンフォードの大学院を修了されているとプロフィールでお見受けしてたので、少しお堅いエリートな方をイメージしていたのですが(勝手に)、とても気さくでユーモアたっぷりな、いい意味で期待を裏切られた魅力的な方でした。
記憶の新しいうちに、印象に残ったことを書き記しておきます。
目次
はじまりは1991年
元々、本業は建築、公共事業関連の仕事をしていた。せっかく神山町に住んで働いているからには面白い街、ワクワクする街に少しでもできたらという想いで仲間内で小さな活動を始めた。そのうちに、行政からも少しずつ声がかかるようになった。
「2011年度にアメリカの小学校に入学した子どもたちの65%は、大学卒業時に今は存在していない職業に就くだろう」デューク大学 キャシー・デビッドソン氏
この激動の時代において、旧来型の仕組みの中にとらわれていては時代の変化についていけない。「これは行政の仕事」といって境界をはっきりさせては、新しいことができない。行政の仕事、民間の仕事という境界線をぼんやりとさせていくことが大切だ。
創造的過疎とは?
神山町では1955年時点で2万人以上の人口がいたが、今では6000人と3分の1まで人口が減っている。これは仕方ない。今から爆発的な人口増などありえない。だから、まずは積極的に今の過疎化の現状を受け入れよう。
その上で、外部から若者やクリエイティブな人材を誘致することで、人口構成を健全化させたり、多様な働き方を実現できるビジネスの場としての価値を高め、農林業だけに頼らない、バランスのとれた持続可能な地域を目指そう。
地方や過疎地における地域課題
雇用がなく、仕事がない。だから若者が故郷へは帰れない。移住者を呼び込めない。地域を担う後継人材が育たない。これらを解決するためにいくつもプロジェクトを立ち上げてきた。
その取り組みがワシントンポストにも取り上げられて、アメリカのポートランドのような街だとさえ賞賛された。
アイデアキラーの撃退法
何か新しいことをするとなると一定数の人口比率で必ずアイデアキラーが現れる。彼らの口癖は、難しい、無理だ、前例がない、誰が責任を取る?うちは島だから、山だから、といったもの。
アイデアキラーには「できない理由よりもできる方法を考えよう」と伝えながら、とにかく始めてしまうに越したことはない。Just Do It.徳島弁で言うなら、やったらええんちゃう?サントリーの佐野さんも松下さんも、新しいことをやってきた人はみんな言っている「やってみなはれ」って。
行政のイエスが出ないから自主企画で始めた。聞こえはいいが、強行突破だ(笑)
神山町を文化の街にするうえで、街をきれいにしたいと思った。五感で良さが体感できる街にしたいと思った。アメリカでは高速道路の清掃が国ではなく民間企業で行われている。だから、同じような活動がしたいと行政に掛け合った。
だが、法律で管轄は国にあるから無理だとはねられた。どれだけ説明しても決まりだから無理の一点張りだった。前例がないと言われた。だから、前例作りを自主企画で始めた。自主企画といえば聞こえはいいが、強行突破だ(笑)勝手に看板を置いて始めた。次第に参加者が増えて、その後この活動は全国に広がった。とにかくやってみて前例を作ってアイデアキラーを撃退した。
立地の悪さなどものともせず、常識を覆しているお店がたくさんある
山の中にCOCO歯科という歯医者さんがある。普通に考えれば、立地が悪く不利だ。そんな不便なところ誰も行かないなんていう人もいた。でも、これも思い込みだ。ちょっとした風邪なら町のお医者さんで済ませる人でも、ちょっと大きな病気だとわざわざ徳島市まで行く人がいる。都会の病院の方がいいという思い込み、事実があるからそうした選択をする。サービスが良ければわざわざでも通う。
現にこの歯科は立地的には不便だが、予約でいっぱいでなかなか入れないくらい繁盛している。繁盛しすぎて、腱鞘炎になって、今年からは週3日休むことにしたそうだ(笑)
自然の中で癒される歯医者がやりたいとう想いがあるから、歯医者特有の消毒臭もしない。一人当たりに長い時だと2時間とか治療することもあって、何度も通わせなかったりとこだわりのサービスを提供している。儲けたいというよりも、歯医者という仕事を通して、癒しだったり憩いの場を提供したいという想いでやっているから、お客さんも気持ちよくて通っちゃうようだ。
後編に続く↓
神山プロジェクトが謳う【東京を救う新しい働き方】とは?
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安全な食を求める方に向けて”マイ契約農家制度”を推進しています。
岩手県出身の86世代。2015年10月、東京から小林市へ地域おこし協力隊として移住。情報発信からの現地滞在、新たな人の流れを作るべく。メディアを育てつつ、ブックカフェ兼ゲストハウスというリアルな箱を準備中。