面白い奴がいれば地域は勝手に盛り上がる。面白い人間とは、自分が思う面白いことを追及しているエッジの効いた人間なのだと思う。地域おこしを求められているからには、どんどん面白い人間として育とう。自分の興味・ワクワクを限りなく追求していこう。
— 繋ぎ屋 (@shintahosokawa) 2015, 11月 4
先日友人と地域おこしの肝が何か?と話す中で、面白い人間がいれば地域に人が集まるという話になり、そのときに上記のようなことを思った。
これから、残る地域と滅びる地域に二極化していくだろうと思うのだが、その肝になるのは面白い人間がいるかどうかということだろうと思っている。
面白い人間とは自分の世界を追求していきながら、独自のエッジが効いた世界観を確立して表現していくタイプだと思うから、今後はそうした面白人間をどれだけ地域が確保できるかが、地域おこしの成否を分ける要因になっていくのじゃないかと思う。
では、そこで地域が面白人間を確保するために必要な要素は何かといえば、その人の世界に干渉し過ぎないことなんじゃないかと思う。
こうしなさい、あーしなさいというアドバイスは求められない限り不要なのだと思う。他者が中途半端に介入してしまうとオリジナルなコンテンツから遠ざかる。オリジナルコンテンツ、独自の面白さを追求することと、他者のフィードバックをいれることは相反する要素なのだと思うから、なるべく放置、手助け・アドバイスを求められるまで勝手にやらせておくというのが面白人間を育成するのには必要な、というか最も大事な要素ではないかとすら思う。
特に皆の合意や、一般論といった要素を付け加えてしまうと途端にありきたりなつまらないもの、人、コンテンツになってしまうのだから、なるべく他者を介入させず、独自の世界を開拓させ続けることに集中させたらいいと思う。
普通と面白いは真逆の要素なのだから、どんどん勝手にやらせて失敗させて、独自の経験を積んだ面白人間を輩出させるという自治体の理解ある姿勢が増えていけば、より面白い人間が量産されて、地域おこしも勝手にはかどるという展開になっていくんじゃないだろうか。
岩手県出身の86世代。2015年10月、東京から小林市へ地域おこし協力隊として移住。情報発信からの現地滞在、新たな人の流れを作るべく。メディアを育てつつ、ブックカフェ兼ゲストハウスというリアルな箱を準備中。