「世界一チャレンジしやすい宮崎へ」5人の経営者が語る夢プレゼン大会まとめ

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2/27【満員御礼】プラネタリウムで開催! 夢プレゼンテーション大会2016が開催されました。

主催は、民間の起業支援団体宮崎スタートアップバレー(通称ミヤバレー)×挑戦を応援する基地-Miyazaki base camp

登壇者は宮崎を代表する起業家、経営者ということで楽しみにしていたんですが、想像通り、いや想像以上に熱いプレゼンが繰り広げられたので、備忘録を兼ねてイベントレポートをまとめます。

※あくまで主観でメモなしでまとめていますので、事実と異なる部分があるやもしれない点、ご了承ください。

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登壇者は下記の5名
・齋藤潤一-NPO法人まちづくりGIFT 代表理事
・小川智矢-株式会社インタークロス 代表取締役
・齋藤隆太-株式会社サーチフィールド 取締役
・村岡浩司-有限会社一平 代表取締役
・土屋有 -株式会社アラタナ取締役

齋藤潤一NPO法人まちづくりGIFT代表理事

「稼ぐ地域を作る」というフレーズが印象に残るプレゼン。高校卒業後、渡米しシリコンバレーで就職。その後日本に帰国し起業。

詳細はこちらの記事(飫肥杉世界の仕掛け人、齋藤さんにインタビュー 「あなたは、いったい何者なんですか?」)に譲りますが。

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「シリコンバレーでは何かやりたいといえば、やってみなよ。とチャレンジしやすい環境があります。日本では、失敗したらどうするの?という話になりがちなので、もっとチャレンジしやすい環境を宮崎に創造していきます。」

NPO法人まちづくりGIFT

小川智矢-株式会社インタークロス代表取締役

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人材会社インタークロスを経営される小川さんは「はたらく」という切り口から自身の夢を語られました。

うまく人になじめず、「自分はダメなやつ」だと思っていた幼少期。初めて「はたらく」を経験したバイトは3時間で辞め、次の居酒屋は3日で辞め、20歳で自分の店を始めるまで落ちこぼれだったと振り返ります。

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その後、20そこそこで1000万以上の借金を抱えていた時期、当時出演したマネーの虎を見てくださった宮崎出身の経営者との出会いから「はたらく」ということに真摯に向き合うようになります。

「数日間ろくなものを食べていなかった時期に、その人がご飯をご馳走してくれたんです。すごく美味しかった。その方は何も言わずに食べる僕を見ていた。そして、食べ終えると帰り際に、僕の手を握って3万円を渡して言ったんです。

『これはねあげるんじゃないんだよ、貸すんだからね。だから、一生懸命働きなさい。』

涙が止まりませんでした。今でも思い出すと目頭が熱くなります。その日から4年かけて、リクルートで働きながらボーイのバイトを掛け持ちして、朝から朝まで働いて借金を返しました。」

「借金が残りわずかになってきた頃、他の「はたらく」理由を求めていたときに出会ったのがインタークロスの創業者(女性)でした。『うちにきなよ〜。』という軽い感じで誘われたように記憶しています。

『うちにきて小川くんにガンガン暴れてほしいんだよね〜。』ご飯をご馳走して頂いたときと同じような気持ちを感じて、インタークロスで働くようになりました。そして、気づいたら経営を引き継ぐことになっていました。」

人との出会いから「はたらく」ということの目的をアップデートしていったという小川さんの夢は「はたらく」を楽しむ人を増やすことだと言います。

「学生へのアンケート調査で「はたらく」ことに関してネガティブに捉えているのが8割でポジティブに捉えているのが2割だというデータがあります。僕はこれを逆転させたい。誰が求めているか?誰のためになるのか?はわかりません。ただ「はたらく」が楽しければ人生は素晴らしくなると自身が信じているので、そのために自分も「はたらく」ということの楽しさを追求していきたいと思います。」

株式会社インタークロス

齋藤隆太-株式会社サーチフィールド 取締役

地域クラウドファンディングFAAVOを運営する齋藤さんは、学生時代から現在を振り返って自ら決断するという点から夢を語ってくれました。

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faavo.

「今日は高校生もいらっしゃるので、その頃から振り返ります。僕は、宮崎が嫌いでした。もっと言えば宮崎南高校だったんですけど、高校が嫌いだったんです。なんでかわからないですが、すごく嫌でした。

そんな僕が今では東京の南高校の同窓会の幹事をして、そこで出会った女性と結婚して、好きなことを仕事にしています。その変遷を振り返ってみます。」

一番最初の決断は文系か?理系か?という選択でした。僕は文系の科目が好きだったんですが、『理系に行けば後から文転もできるよ。』という言葉で、理系を選んでしまった。結果、後悔しました。どんどん勉強が嫌いになっていった。自分で選んでいなかったんですね。

次の決断は東京の私立か?大阪の国公立か?というものでした。南高校は進学校ですから、国公立を先生たちは薦めてきます。周りもそうでした。でも、僕は理系を選んだ時のように後悔をしたくなかったので、東京の私立に決めました。このとき、初めて自分で決断できたという気がしたんです。結果、大学は楽しかった。その後もたくさんの決断を迫られました。

インターンする?しない?もちろんするでしょ!

サラリーマンをしていた時期にそのまま続けるか?仲間と起業するか?と持ち上がった。もちろん起業でしょ!

起業してからは現状のビジネスをするか?新規で事業を立ち上げるか?という話になった。新規でしょ!

そうして立ち上がったのは今のFAAVOでした。僕らは今、FAAVOを地域にとって一番身近なクラウドファンディングにするべく活動しています。

いくつもの決断を自分で下してきたことで、毎回決断の精度とスピードが上がってきました。高校生の頃は自分が何をやりたいのか?わからなかった。いくつもの決断を自分で下してきた今は、自分が何をやりたいのかわかります。

僕は誰もが後悔しない人生を選んで欲しいと思っています。そのために必要なの指針が一つあります。それは「後悔しない選択はどちらか?」というものです。うまくいく?いかない?というのも大事ですが、それ以上に後悔のない選択を大切にしています。

株式会社サーチフィールド

村岡浩司-有限会社一平代表取締役

村岡さんは一平寿司、タリーズコーヒー、九州パンケーキ、廃校跡地の利用等々多岐に渡って宮崎、九州で活動されている経営者。宮崎スタートアップバレーメンバーの中でも顧問という立場にあります。

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この日のプレゼンを一番聞かせたい相手は、吃音で母音が発音できなかった小学生当時の自分。学校で「起立、礼、おはようございます。」が言えなくて、周りに笑われ、消えてなくなりたいと思っていた自分に対してだと言います。

「僕は高校を卒業してアメリカに渡りました。自分をゼロにする強烈な体験でした。変わりたいと思って、宮崎には自分の居場所がなかったからアメリカに行きました。」

「アメリカはチャレンジができる環境でした。これをやりたいといえば、やってみなよ。と背中を押してくれる土壌がある。僕は帰国してから一平寿司、タリーズコーヒー、九州パンケーキを立ち上げてきました。

何度も失敗した。騙されたり、投資を全く回収できないこともあった。チャレンジには失敗がつきまとう。それでもチャレンジをしていきたい。

僕はね、今日30年以上前の、当時吃音で悩んでいた自分に、お前大丈夫だよ。と言ってやりたい。お前は消えてなくなりたいと思っているけれど、何十年かしたらちゃんと人前で、200人以上の今日のような場で話せているから心配するなと言って抱きしめてやりたい。

同じように今の自分を30年後の僕が見ても大丈夫だよと言ってくれると思います。だから、やりたいことはやっていきたいし、もっとチャレンジしなよって言われないように、そしてこれからの若い世代の背中を押してやるためにも、僕自身がチャレンジしていきたい。

今年は宮崎の廃校を買い取りました。3月中旬にはクラウドファンディングで、みんなの力を借りたいと思っている。廃校を使ったコワーキングスペース、仲間が集まるチャレンジングな場所を作っていく。一緒にチャレンジしていこう。」

有限会社一平

土屋有-元株式会社アラタナ取締役 現宮崎大学講師

土屋さんはIT会のエリート街道を歩いてきたお方。

学生時代からアイレップ取締役、その後上場(当時最年少取締役)。インターネット広告営業でアジアトップの成績、面白法人カヤックにて事業部長、その後故郷宮崎へ凱旋帰郷。アラタナ取締役として経営に参画、アラタナにて売り上げを2倍へ拡大。多摩大学の客員教授も兼任。

http://24h.aratana.jp

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経歴だけでもビジネスマンとしての才覚が伝わるかと思いますが、地元宮崎に対してある時期まで全く思い入れがなかったと言います。学校で馴染めず、学校に行きたくないから、プラネタリウムで延々と時間を過ごす。そんな幼少期。友達がいない地元。地元に対してひとつもいい思い出などない。

それでも2010年の口蹄疫問題、2011年の東日本大震災を機に胸が疼いたと言います。痛みが自分の中にある地元への想いに気付かせてくれた。地元宮崎・都城に対して自分ができることはないだろうか?考えた末にビジネスマンとしてアラタナに参入するという決断に至ったのだとか。今、アラタナは1000人の雇用をつくることを掲げています。

「帰ってきてミヤバレーの仲間もできた。アラタナの経営改善にも貢献できた。順調です。

でもね、僕は逃げてきたことがあります。高齢化の問題、人口減少の問題、介護の問題。実はこうした問題についてかなり時間を割いて調べてきたこともある。実は本も出している。

株式会社アラタナ

でも、今までアクションを取ってこなかった。アラタナでは自分のビジネスマンとしての能力を発揮できた。すごく心地のいい環境だった。いい仲間もたくさんできた。でも、そろそろこうした社会問題に取り組む時期に来ていると感じています。

故郷宮崎のために、自分が納得いく生き方をするために。35歳の自分にとってそれが大人としての責任の取り方だと思っている。

だから、僕はアラタナを辞めます。4月から宮崎大学に新設される地域資源創生学部で教鞭を取ります。若い人材を育てること、ビジネスの実務を学生に伝えることで、地域の課題に取り組んでいきます。

初めての環境、アラタナより居心地は悪いんだろうな。スーツなんてこれまで着なかったけれど着るんだろうな。それでも、もう自分から逃げることはできないから、この道を進みます。

チャレンジしやすい宮崎を創るため、僕ができる一歩を踏み出します。

あなたにとっての一歩、誰かにとっては些細な、小さな一歩かもしれないけれど、あなたにとって大きいならば、その一歩には大きな意味があると思うんです。共に一歩を踏み出しましょう。」

感想・まとめ

今回の夢プレゼン大会。本気の大人が本気で夢を語る会。何度も目頭が熱くなる時間でした。高校生から大人まで幅広い年代が集結し、宮崎の未来に想いを馳せ、アクションへ繋げる会。

挑戦を応援する基地-Miyazaki base campは宮崎市の市役所の方が中心となっています。行政がこうした活動をしているということ、若手起業家と共に活動している姿に可能性を感じました。

今後、年に2回ペースで夢プレゼンは開催し、次回からは高校生や学生にも壇上に立つ機会を提供していく構想なのだとか。宮崎、熱くなっていきそうです。今後の宮崎スタートアップバレー(通称ミヤバレー)×挑戦を応援する基地-Miyazaki base campの活躍から目が離せませんな。

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東京から宮崎に移住しました!
「#移住日記」書いてます。
宮崎県小林市で地域おこし協力隊やってます。

Shinta Hosokawa
岩手県出身の86世代。2015年10月、東京から小林市へ地域おこし協力隊として移住。情報発信からの現地滞在、新たな人の流れを作るべく。メディアを育てつつ、ブックカフェ兼ゲストハウスというリアルな箱を準備中。
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ABOUTこの記事をかいた人

Shinta Hosokawa

岩手県出身の86世代。2015年10月、東京から小林市へ地域おこし協力隊として移住。情報発信からの現地滞在、新たな人の流れを作るべく。メディアを育てつつ、ブックカフェ兼ゲストハウスというリアルな箱を準備中。